Yes,your majesty!

 ゼロレクイエムが完遂される。
 それは、男にとって主君を失うということと同義であった。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 それが男――ジェレミア・ゴットバルトの最後の主の名であった。

 ***

 いまだ聞こえるのは歓喜の声だ。耳の奥に残って離れない。どれほどの月日が経っても、ふとした瞬間に甦る。
 悪逆皇帝ルルーシュが討たれたことで、民衆は歓声に沸いた。彼を討ったのはゼロだ。黒の騎士団の中の伝説、希望。大気を震わせんばかりに鳴り響くのはゼロを讃える声だ。
 ゼロ! ゼロ! ゼロ!
「……っ」
 ジェレミアが目を開ければ、そこに広がるのは代わり映えのしない自室であった。血まみれの主君も、ゼロを呼ぶ民衆の姿もない。それも当然だ。ゼロレクイエムは既に終わったことだ。
 あの日から既に五年は経つ今、ジェレミアは元ナイトオブシックスであったアーニャ・アールストレイムと共にオレンジ農園を開いていた。全ては、亡きルルーシュの手配だった。
「……ルルーシュ様」
 眠っていたベッドから身を起こし、ジェレミアは久方ぶりにその名を呟く。勿論、返事はない。ルルーシュは死んだのだ。枢木スザク扮するゼロによって、悪逆皇帝ルルーシュは討たれた。それが、紛れもない事実だ。
 ルルーシュの名を言葉に出したことで、ジェレミアの胸は締め付けられる。その音の響きに、懐かしさを覚えてしまう。何度も呼んだその名前はジェレミアにとってかけがえのないものだった。呼べばすぐに返事があった。ときには優しく、ときには不機嫌そうに。今でも、簡単にルルーシュの声を思い出すことが出来る。
 だが、ルルーシュはもういない。その名を呼ぶ機会がない。今ではたまに、アーニャとの会話で懐かしむように出るだけだ。
 ゼロレクイエムのとき、兄であるルルーシュの身体に取り縋り、泣き喚いて離れようとしない妹――ナナリー・ヴィ・ブリタニアを諌めて、ルルーシュの身体を運んだのはジェレミアだ。その身を抱いたときに感じたルルーシュの重みは、何年経とうとも忘れられるはずもない。今までぬくもりを宿していた身体が、次第に熱を失っていく感覚を思い出し、ジェレミアは冷たい手で心臓を撫でられるような心地になる。
 忘れられない、忘れたくない。けれど、あえて思い出したいわけでもない。
 ジェレミアにとって、ルルーシュは守るべき主君であった。その死を見届けねばならぬなど、許せるはずもなかった。
 だが、ルルーシュは自らそれを望んだ。ゼロレクイエムという形で自らを犠牲にし、世界の平和を導く。それが自分の犯した罪に対する報いだと、そう告げた。ジェレミアには、その決意を否定することなど到底出来なかった。だからといって、心底その考えに賛同したわけではない。ルルーシュが望むものを成せるようにするのが臣下の務めであると、そう自分を叱咤した。そのたびに、ジェレミアはぐっと息が詰まり、胸が苦しくなった。
 もっと彼に仕えていたかった。もっと、彼と共にありたかった。
 今となっては、もう叶うことはない。
 ジェレミアは深く息をつき、再びベッドへと横たわる。眠れるかは、分からなかった。


 朝は、いつだって変わらずに訪れる。あまり眠れたわけでもないが、だからといっていつまでもベッドの上にいることは出来ない。
 ジェレミアの身体の半分以上は生身ではない。以前、ギアス嚮団やバトレー・アスプリウス等により、自分の知らぬ間に実験適合生体として改造されてしまったからだ。そのためか、生身のままであったときでは必要であった睡眠もサイボーグ化された今では、それほど必須というわけではなくなっている。
 ルルーシュが生きていた頃、折角なのだからとこの身を生かし、彼の身辺警護として寝ずに番をしていたことがある。他の人間と比べても、一番の適役は自分以外にいないと思えたし、何よりもルルーシュのために働けるのだから、これ以上に望むものはなかった。
 叛乱貴族の誅罰のために、暫く帝都から離れていたこともあったが、今のこの職務のほうが、余程自分の天職だとすら思えた。勿論、ルルーシュから命じられた任務が嫌な訳ではない。だが、サザーランドジークを動かしているときとはまた違う喜びが、ここにはあった。ルルーシュの傍で、ルルーシュのために働ける。なんて素晴らしい日々だろうか。望外な幸せとはこのことだ。
 ジェレミアは誰に言われるでもなく、自ら喜んで意気揚々と警護に着いていたのだが、あるときルルーシュに酷く怒られたことがあった。
「ジェレミア! いい加減何日も寝ずに番などしなくていい! 寝ないでろくに仕事が出来るか!」
 ルルーシュの部屋の扉が開いたかと思えば、いきなり怒鳴られ、ジェレミアは困惑した。
「ありがたいお言葉なのですが、ルルーシュ様、私はこのような身ですので特別眠らずとも……」
「お前が寝ずに活動出来るのは知っている。だが、人が眠るのは当然のことだろう。俺はお前に人としての生活をしてほしい」
 ルルーシュの言葉に、じんわりとジェレミアの胸が温かくなる。既に人ではない身体であるというのに、人としての己を気遣われるなど思ってもいなかった。
「……ルルーシュ様」
「というわけだ。ジェレミア、部屋に入れ」
 何がどう、というわけなのかは分からなかったが、彼の言葉を拒否する選択肢のないジェレミアは、疑問を抱いたままルルーシュの後に続き、室内に足を踏み入れる。
「何か、御用でしょうか?」
 ルルーシュの寝室に立ち入ることに若干の戸惑いを抱きながらも、ジェレミアは主君の命を待った。
「そこで寝ろ」
 返された言葉に、ジェレミアは停止した。そこ、とはどこのことだろうか。どうしても示された場所はルルーシュ自らが眠るためのベッドしか見当たらない。
「お前が寝ないのなら、俺も寝ない」
「それは困ります!」
「そうだろう、ならばジェレミア、お前がしなければならないことはなんだ」
「……可及的速やかに、こちらで眠らせていただきます」
「よし、おやすみ」
 そう言って、背を向けて眠るルルーシュの姿は小さく見えた。この肩に様々な重圧がかかっているだなんて、にわかには信じられないほどだ。
 意を決したジェレミアは、おそるおそるルルーシュが横になるベッドの、なるべく端のほうへとその身を横たえた。
「……失礼致します。ルルーシュ様、おやすみなさい」
「ああ」
 暫くすると、規則正しいルルーシュの寝息が聞こえてくる。こんなに早く眠れるということは、余程疲れていたのだろう。自分が眠らずにいたせいで逆に気を遣わせていた事実に、胸が痛む。
 普段は堂々とした姿を皆の前で見せているというのに、今ここにいるルルーシュは、途端に幼さを感じさせた。それが不思議でジェレミアはじっとその背を見つめてしまう。ずっと見続けていたとしても、飽きない気がした。
 静かに呼吸する音に合わせて、ジェレミアはそっと目を閉じる。間近にルルーシュの気配を感じながら、ゆっくりと意識を沈める。そうして、ジェレミアは眠りの海へと旅立った。
 心を落ち着けてゆっくりと眠るのは、ジェレミアにとって久しぶりであった。勿論、緊急の事態にはすぐに飛び起きることは出来ただろうが、それでもこんなに心安らかになれたのはいつ以来であったか。
 それをきっかけにジェレミアは何度となくルルーシュの傍で眠ることが増えた。たまに寝返りを打つ彼が傍に寄ってきて逆に眠れないこともあったが、それでも心は満たされていた。
 幸せで、懐かしい思い出だった。
 寝所を共にしても、本当にただ眠るだけだったので、特別何かがあったわけでもない。何かを、望んだわけでもない。今、ひとりで眠ることに少しばかり寂しさを覚えてしまうのは、ぽっかりと空いてしまったひとりぶんの隙間のせいだ。それは、他の誰にも埋められそうになかった。
 昔を思い出すと、ジェレミアは切なさに押しつぶされそうになる。ルルーシュを思い出すときは、いつだってそうだ。幸せと共に、寂しさが押し寄せる。何年経とうと、それは変わらない。
 感傷を振り切り、ジェレミアは寝室から抜け出して、洗面所で顔を洗う。適当に着替え、家の中にあるもので簡単な朝食を作っていると、玄関のチャイムが鳴った。返事をする前に、扉は勝手に開かれていた。
「……おはよう」
「ああ、おはようアーニャ」
 訪れてきたのは、アーニャだった。
 五年前、彼女はまだ少女であった。その頃は共にひとつの家で住みながらオレンジ農園を営んでいたが、今ではこの家に住むのはジェレミアだけだ。五年も経てば、少女は成長し、女性へと変わってしまう。そんな彼女と共にひとつ屋根の下で暮らすなど、ジェレミアが許せるはずもなかった。そういったことには、案外厳しいジェレミアであった。
 アーニャは毎日ではないが、こうして週に何回かジェレミアの元へと顔を出していた。今の彼にとっては、数少ない話し相手だ。
 何も言わずとも、アーニャはてきぱきとジェレミアの手伝いをし、共に朝食の準備を整える。以前一緒に過ごしていただけあって、随分と手際が良かった。
「……久しぶりに、ルルーシュ様の夢を見たのだ」
 ぽつりと呟くようなジェレミアの言葉に、アーニャは動かしていた手を止め、静かに頷いた。
「そう」
「ああ、もう五年も経つのだな……」
 月日が経つのは本当に早い。ルルーシュがいない世界でも、ジェレミアの世界は今でもこうして回り続けている。朝が来れば、夜が来る。雲は流れ、風が吹き、太陽が照りつける。彼が残した世界で、ジェレミアはひとり、生き続けている。生かされている。
 世界は、平和を望んでいた。人々がそれを望んでいるからだ。ルルーシュが成したゼロレクイエムが、人々の心を繋いだのだ。
 だとしても、ジェレミアはルルーシュが生きる世界を本当は望んでいた。彼が彼らしく、誰のためでもなく、自分自身のために生きられる世界を見たかった。
 それだけで、良かったのだ。
「前の花火、綺麗だった」
 アーニャの言葉にジェレミアは顔を上げる。まっすぐに見つめる視線とぶつかり、彼は表情を緩め、頷いた。
「ああ、綺麗だったな。ルルーシュ様の願いだったからな」
「うん、きっと、ルルーシュも喜んでたはず」
 ルルーシュは、アッシュフォード学園の友人達と、ひとつの約束を交わしていた。皆でまた必ず花火を見ようと、そう約束していた。
 だが、その約束を、ルルーシュは守れなかった。ゼロレクイエムで討たれたルルーシュが、また再び、平和な学園に戻ることは適わなかった。
 どうしたって、約束を守ることが出来ないと知っていたルルーシュは、ジェレミアにひとつの願いを告げていた。
「ジェレミア、ひとつ頼みを聞いてくれないか」
 彼が願う、数少ないうちのひとつだった。ルルーシュは、約束を代わりに果たして欲しいとそう願った。ジェレミアは勿論、ふたつ返事で承諾した。ルルーシュたっての願いを、断る理由などどこにもなかった。
 ルルーシュの代わりとして、新たなゼロとなったスザクの協力も得ながら、ジェレミアとアーニャはふたりで花火をあげた。昼間だというのに綺麗にあがった花火は、やけに眩しくて、切なかったのを覚えている。
 朝食をとりながら、二人は語り合った。とはいっても、ジェレミアがひとりでルルーシュについて話しているといったほうが正しい。だが、それでもジェレミアは良かった。話さないままでいると、記憶の中のルルーシュがどんどん色褪せてしまいそうだった。
 ルルーシュは、ずっと、ジェレミアの心の中の一番大切な部分に存在し続けている。



 アーニャと共にオレンジの手入れをした後、ジェレミアはひとりになった。昔とは違い、アーニャには他の仕事もある。それは勿論喜ばしいことで、少し寂しくはなるが、逆にこちらに来る機会が減ったほうが良いとすらジェレミアは考えていた。彼女の世界はまだまだ広い。こんな辺鄙なところにばかり顔を出すのでは勿体ない。
 家に戻ったジェレミアが、部屋の片付けでもしようかと思い立ったとき、また玄関のチャイムが鳴らされる。一瞬アーニャがまた戻ったのかと思ったが、どうやら違うらしい。彼女ならば、鳴らしたと同時に扉を開けているはずだ。
「なんだ、今日は来客が多いな」
 訝しみながらもジェレミアは玄関を開ける。特別殺気があるわけでもなく、どこか知っているような気配だったからだ。
 目の前にいたのは、久方ぶりに見る少女の姿であった。長く伸ばした髪を風に靡かせ、薄っすらと微笑む姿は忘れられるはずがない。ただ、どうとは言えないが、どこか違和感をジェレミアは覚えた。なんとなく、としかいいようのない曖昧なものだった。
「C.C.ではないか。お前が来るとは、一体どういった風の吹き回しだ」
 その名を呼ばれたC.C.は不満げに片方の眉を上げた。そんな表情をしても、その美貌が逆に引き立つのは整った者ゆえの特権だろう。
「私が来たら悪いのか?」
「別に、そういうわけではない。お前が顔を見せるなど何年ぶりかと思ってな」
「さあ、何年経つかな。今日はジェレミア、お前に届け物だ」
「何? 私に、お前が?」
「以前ルルーシュに頼まれていたんだよ」
 予想外にC.C.から出された名前に、ジェレミアは目を見開いた。
「ルルーシュ様が、私に」
 手渡されたものは、一通の封筒だった。表にも裏にも、特に何が書いてあるわけでもなく、真っ白な封筒だ。
 まじまじと、ジェレミアは手の中のものを見る。どこからどう見ても、ただの封筒だった。この中に、一体何が書かれているというのか。
 今すぐにでも開けたい気持ちと同時に、むしろ開けないほうがいいのではという気にもさせられる。
「確かに、渡したぞ」
 そう言って、C.C.が立ち去ろうとするので慌ててジェレミアは声をかけた。
「なんだ、もう行くのか。まだ来たばかりではないか」
「ああ、何、忘れ物だ。取りに行ったら、またすぐ後で来るさ。そうだな、お前は茶の準備でもして待っていればいい」
 C.C.は簡単に告げ、そうしてさっさと踵を返していく。すぐに戻るつもりらしいが、何を忘れたというのだろうか。どうせナイトメアフレームを近くに置いてきただろうから、それほど待たせもしないのだろう。
 C.C.のことも勿論気にかかるが、今は手渡された封筒がジェレミアの頭の大半を占めていた。逸る心を、抑えることが出来ない。
 一旦落ち着こうと、C.C.に言われた通り湯を沸かす準備をした後に、再度置いた封筒に指を伸ばす。何が、この中には書かれているというのか。
 ジェレミアは大きく深呼吸した後に、ゆっくりと封を剥がしにかかる。中には、ただ一枚の紙が綺麗に畳まれていた。今にも震えそうな指先でそっと開くと、そこにはただ、ジェレミアとだけ文頭に書かれた真っ白な便箋が入っていた。綴られた名前の筆跡には見覚えがあった。忘れるはずもない、ルルーシュのものだ。懐かしいその筆跡に、どうしたって胸が鳴る。
 ただ、その名以外には何一つ書かれていないため、ジェレミアは透かしてみたり裏返してみたりする。だが、そうしてみたところで、何が変わるわけでもない。
 ジェレミアは、じっと、手の中の便箋に視線を落とす。何かを伝えたくて、きっとルルーシュは手紙を残したのだろう。ならば、何も書かれずに封をされたその手紙には、一体何を書き綴りたかったのだろうか。真っ白な便箋に込められた、彼の感情を推し量る。
 知ろうにも、その手紙の差出人はいない。
 彼は、何を伝えたかったのだろうか。何をジェレミアに残そうと思ったのだろうか。何もないからゆえに、ルルーシュがこの手紙を書こうと思った心境をジェレミアは想像することしか出来ない。
 ぼんやりと、ジェレミアはルルーシュを思う。ルルーシュに対して、ジェレミアは一回たりとも好きだとも、愛しているとも、何ひとつ言葉にしたことがなかった。そのときには、まだ自分の中でそんな感情があることに気づいていなかったのだ。
 ルルーシュがいなくなってから、ようやくジェレミアは理解した。気づいてしまえば、簡単なことだった。自分は、ルルーシュを慕っていたのだ。
 しかし、今になって言葉にしようにもどうしてもうまくまとまらない。好きだとか愛しているだとか、そんな言葉では簡単に表せないほどのルルーシュに対する想いがあった。
 ジェレミアは考える。真っ白な便箋は、同じように言葉に悩み、伝えたくとも伝えられなかった彼の心情なのだろうか。だが、それを知る術はもうない。そして、伝える術もない。
 ルルーシュは、いないのだ。もう、会えはしないのだ。
 長く息を吐いた後、ジェレミアはそっと手紙に封をする。どうしようもない感情が身体の内を駆け巡る。
 私は、彼の何になれたのだろうか。何に、なりたかったのだろうか。
 考える途中で、湯の沸騰する音が耳に入り、思考は中断される。慌ててジェレミアは火を止めた。ほっとしたときに、再びチャイムが響く。ようやくC.C.が戻ったのだろうか。
 深く沈みこみかけていた意識を浮上させ、頭を切り替えてジェレミアは玄関へと向かう。この手紙を持ってきたことを問いたださねばならない。勿論、感謝も伝えるが。
「扉なら、開いているぞ」
 そう声をかけて玄関を開けると、そこにはC.C.の姿はなかった。代わりに、ひとりの黒髪の少年が立っていた。見間違えようのないその姿に、ジェレミアの息が止まる。
「ルルーシュ、さま?」
 呆然とするジェレミアの目の前で、少年が小さく微笑んだ。菫色の瞳が、柔らかい。
「……元気そうだな、ジェレミア」
 ゼロレクイエムの後から今までずっと、ルルーシュの名を呼んで返事があったことなどなかった。当然だ。死んでしまった相手が、どうやって返事をするというのだ。
 だがどうだ。目の前で、呼んでも返って来なかった言葉が、返ってくる。ジェレミアの目の前に立つその姿が、嘘でも幻でもないのなら。信じても、いいのだろうか。
 怖々とその少年に手を伸ばせば、彼のほうからジェレミアの手を掴む。感触がある。体温がある。
 まさか、夢ではないのか。
「ルルーシュ、様?」
「どうした、それ以外に話すことはないのか」
 そう言って話す姿は、どう見たってジェレミアが望んでやまなかったルルーシュの姿だった。
「どうして、ルルーシュ様がここに?」
「C.C.に連れられてきた」
 ジェレミアの疑問に、ルルーシュの言葉は簡単だった。
「私は、ずっとルルーシュ様は亡くなられたのだと……」
「俺も死んだと思っていたんだが、あいにくあの魔女が簡単には死なせてくれなくてな。ほら、コードだ」
 前髪で隠れた額を見せると、そこにはコードの証があった。ジェレミアの一番の疑問も、あっさりと解決してしまう。先ほどのC.C.に対する違和感はコード継承をしたために不老がなくなったせいかと、納得をした。
 それにしたって、ジェレミアの脳内はすでにパンクしている。ルルーシュの突然の出現に理解が追いつかない。
「そんなに信じられないのか」
「信じるとかではなく、わ、私は、ほんとうに、ルルーシュさま、が、なくなられたと……っ」
 感極まり、ジェレミアはルルーシュに抱きついた。しっかりとルルーシュの背に手を回す。以前のように冷たい身体ではない。温もりがある。なだめるようにジェレミアの背にも腕が回される。
「なんだ、熱烈だな」
 ルルーシュの苦笑する声は、どこか穏やかだった。
「何故、もっと早くに来てはくれなかったのですか」
「まあ、俺は死んだ身だしな。そんなにうろつくわけにもいかないだろう」
「うろつかなくとも、こちらにいればよかったでしょう!」
 ジェレミアの言葉に、ルルーシュは困ったような顔をした。
「……どんな顔をして会えばいいか、迷ってたら案外年数が経ったというだけだ」
「普通に来てくだされば、それだけで、私は……っ」
 嗚咽をこらえきれず、ジェレミアは滂沱の涙を流す。すっかりぐしゃぐしゃの顔になってしまい、ルルーシュは呆れたように声をかけた。
「ああ、もう泣くな! いい加減お前もそろそろいい年だろう!」
「年だから涙もろいんです……っ」
「……俺とあったときから、すでに泣いていたくせに。そうだ、久しぶりにお前の入れた紅茶が飲みたい」
 ルルーシュの言葉に、ジェレミアはぱっと顔を上げた。
「はい、只今!」
 ルルーシュは、紅茶が好きだった。以前、何度も叱られながらも淹れ方の勉強をしたものだ。またその腕を、ルルーシュのために奮える事実に、ジェレミアは歓喜に胸を焦がせた。C.C.の言葉の通りに湯を沸かしておいてよかった。きっと、気を利かせて遅れてくるだろうC.C.の分も用意しなくてはならない。
 そういえば、とジェレミアはルルーシュに問いかける。
「ルルーシュ様、先ほどの手紙はいつ書かれていたのですか?」
「……あれは、ゼロレクイエムの前だったな。C.C.の奴がそれを見つけていたらしく、勝手に保管していたらしい。本当は、お前に渡すつもりはなかったんだ。お前に、何を伝えればいいか分からなくなって、結局白紙だったしな。……色々と迷惑をかけたな」
「迷惑だなんて、そんなことはありません」
「そうか、すまなかったな。……ありがとうジェレミア」
「勿体なきお言葉にございます」
 そうして、二人は小さく微笑んだ。また、ジェレミアの目に涙が溢れそうになる。
 ルルーシュがいる。生きている。目の前で、また話す姿が見れた。それだけが、今のジェレミアの全てに変わる。世界が、鮮やかに生まれ変わる。何もかもが、幸せに満ちていると、そう信じることが出来る。
 話したいことがたくさんあった。お互いに、時間だけは馬鹿みたいにある。言いたいことも、聞きたいことも、ゆっくりと時間をかけて今までのものを埋めていきたかった。
 そして、いつか、もう少ししたらルルーシュに伝えたい言葉がある。きちんと、言葉にしたいとジェレミアは思った。曖昧なものが、ひとつに集まって、ジェレミアの胸を叩く。
 だがその前に、美味しい紅茶を淹れよう。自家製の、オレンジジャムも食べて欲しい。ルルーシュの舌は案外うるさい。気に入ってくれると嬉しいがどうだろうか。
 ぐるぐるとジェレミアの頭は一気に働き出す。主をもてなす準備をすぐに整えなければならない。
「さあ、案内してくれないか」
 ルルーシュの言葉に、ジェレミアは顔を輝かせた。またこの言葉を使える時が来るとは、思いもしていなかった。
 響くように、全力で。

「Yes,your majesty!」
2018/05/28
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