R18 キミと生きる

 ぺらりと紙をめくる音が室内に響いた。規則正しいその音に重なる呼吸、そして小さく漏れたヘッドホンからの音楽。昔ならばこのささやかな安らぎの時は少年一人のものだった。誰に邪魔されることも無いただ一人の時間。
 けれど、今は違う。この時を過ごすのが少年一人ではなくなった。それが彼にとって良いのか悪いのかは、別としてだが。

「ねえ、聞いてる?」
「……うん」
 少年は顔を上げずに雑誌を読み続け、小さく答えた。自身のベッドにうつ伏せになった状態で、ヘッドホンから流れる音楽を堪能しつつページをめくる。制服姿のままでベッドに上がるのを昔は躊躇ったこともあったが、今ではあまり気にしなくなった。一応上着だけは皺にならないように椅子へとかけてあるから大丈夫だろう。
 そう考えながら雑誌に目を通す少年の横には、綾時がいた。綾時は、少年の横顔を眺めるように床に膝をつき、ベッドの縁で組んだ両腕に顎を乗せている。勝手に部屋に入ってきてからというもの、飽きもせず何度も少年へと話しかけ続けていた。
「本当に、本当に聞いてる?」
「……うん」
 けれど、少年はただ「うん」としか言わない。彼の反応が薄いせいか、綾時は頬を膨らませた。首を左右に揺らしてみせたりと、つまらなさそうだ。
 しかし、それでも少年は綾時を見ない。機械的に相槌だけは打ちながら、またぺらりと次をめくる。視線は字面を追い続け、綾時のことなど全く興味が無いようだ。
「本当は聞いてないよね?」
「……うん」
 ためしに聞いてみただけなのに、本当にそう返ってくると思わなかった綾時は、一瞬泣きそうになる。だが、ぐっと涙を堪えた数秒後、先ほどと打って変わり何やら笑みを浮かべた。
 嫌な予感がする。そちらを見なくても期待がひしひしと感じられ、少年は内心溜め息をついた。構って欲しいのはわかる。だが、綾時の相手をするのは面倒くさい。半ば意地になりながらも彼は雑誌を読み続けた。
 綾時はそれでも構わないのか、再度嬉しそうに口を開く。
「その音楽好き?」
「……うん」
「その雑誌も面白い?」
「……うん」
「じゃあ、僕のことすっごく好き? 愛してる?」
「自惚れるな馬鹿綾時」
 吐き捨てるように少年は綾時の言葉を切り捨てた。
 あまりにも、愛がない。
「聞こえてるんじゃない! それになんで君ってそこだけはすぐに否定するの! しかも酷いよその言葉!」
 綾時は思惑が外れたせいか、我慢していたはずの涙を浮かべた。ベッドをぼすぼすと叩いて声を上げる。少年の態度と発言の両方に傷ついたらしい。折角「好きだ」という所で頷かせようと思ったのに、こんな反応だなんて酷い。
 一人でわめく綾時に、少年は眉をひそめてようやく顔を上げた。
「うるさい」
「……だって、ずっとヘッドホン外さないし、僕が傍にいるのに構ってくれないんだもん」
 少年の視線の先にいる綾時は、しゅんとうなだれて小さく反論する。両手はシーツを握り締め、皺になったそれを見つめていた。
 けれど、少年からの言葉が無いのが気になり、ちらりと視線を上げる。そして未だにヘッドホンが外されていないのを見て、綾時はぎゅっと唇を噛み締めた。
「僕といる時くらい、それ外してよ!」
 部屋中に響くほどの大きな声で、綾時は叫ぶように告げる。まるでヘッドホンが恋敵だとでもいうようだ。
「……お前、僕と一緒にいない時が今までにあった?」
「あるわけないよ? だからずっと外していてね」
 にっこりと笑顔の綾時に、少年は深く溜め息をついた。
 綾時の言葉通り、二人が離れる時などほとんどと言っていいほど無い。少年がどこかへ行こうとすればべったりとくっついてきたり、部屋に戻れば遊びに来る。たまに寝る時ですら枕持参で押しかけてくるほどだ。
 お前はどこの雛鳥か、と少年は何度も思った。けれど、綾時のその行動の理由は、寂しいからだろう、とも彼はぼんやりと思っていた。まだきっと、一人でいることに慣れていないのだ。自由になれたその身をもてあましている。だからと言って、ただ甘やかすわけにもいかない。いつか綾時はそれに慣れる時がくる。どことなくそのことを思うと寂しいように感じるのは気のせいだ。
 そう己に言い聞かせ、少年はプレイヤーの音量を上げる。本当は今まで音量を下げていたのだが、綾時に知られるとうるさそうだから言わないままだった。何でこんな馬鹿のために気を使っているんだ、と自分自身に呆れてしまう。これが甘いのかもしれない。
 今度こそ綾時のことを忘れようと雑誌に視線を落としたその時、急に耳元で流れていたはずの音楽が聞こえなくなった。耳にかけていた感触がない。プレイヤーに繋いでいたのに、ヘッドホンだけ抜かれたようだ。横へと視線を向ければ、ベッドへと片足を乗せた綾時の姿がある。思ったとおり、その手には少年のヘッドホンが握られていた。
「返せよ」
 少年がそう言えば、綾時はヘッドホンごと両手を自身の背中へとまわす。
 それで隠したつもりなのだろうか。あまりにも子どもじみた行動に、少年は怒る気力も湧いてこない。
「駄目だよ! 返したらまた僕のこと無視するんだもん!」
「……無視しないから返せ」
 一拍置いて告げると、綾時はじとりと少年を睨んだ。涙目のせいで若干迫力に欠けてはいるものの、その目には不信がありありと浮かんでいる。
「嘘つき。絶対するくせに。僕が何度君に騙されたと思ってるの……!」
 ばれていたらしい。綾時をあしらう為に以前同じような嘘をついたことがあるが、やはり学習するのだろう。
 仕方なしに、少年は雑誌を閉じて身体を起こす。そして正面から綾時を見据えるように、壁に背を預けてベッドへと座り込んだ。
「それなら、どうしたら返してくれるんだ?」
 少年が尋ねれば、綾時は下を向いて考え込んだ。暫くうんうん唸り続けていたかと思うと、ぱっと何かを閃いた顔をする。
 本当に切り替わりが早い奴だ。見ていて飽きるということはあまりないな、と少年はある意味感心した。
「ね、これを返して欲しかったらキスして?」
 綾時はヘッドホンを少年へと見せつけてそう告げる。想像もしていなかったその言葉に、少年は唖然とした。綾時の言うことはいつも突拍子がない。どうして自身のヘッドホンを取り返すのにキスをする人間がいるんだ。
「別に、キスなんて僕がいつもしてるじゃない。たまには君からしてくれたっていいよね?」
 名案だと言わんばかりに微笑むその顔が憎らしい。
 今、綾時の指先にはヘッドホンがぶら下がっている。これを取り返せばそんな馬鹿みたいな条件を呑む必要は無いだろう、と少年は考えた。
 行動は早いほうがいい。少年は瞬時に手を伸ばし、ヘッドホンへと掴みかかった。けれど、その手はむなしく空を切る。
「ふふん、君のことだからそうくると思ってたよ」
 とん、と音を立てて綾時は床に足をつけた。誇らしげに胸を張り、少年のヘッドホンを手の中で弄ぶ。少年が掴み取るより先に、ベッドから一瞬早く後ろへと綾時は跳んでいたのだ。
「……もしかして、キスするのが恥ずかしいとか? そう考えると、結構君って可愛いところがあるんだね」
 からかうように綾時が言えば、少年の目がきっと向けられた。綾時に好き勝手言われ続けることに我慢がならないようだ。その視線に、綾時は思わず後ずさってしまう。優勢だったはずなのに、いつの間にか立場が逆転している気がする。
 だが、少年は自身を落ち着かせるように瞳を伏せ、深く息を吸い、吐いた。睨まれることはなくなったが、これはこれで綾時にとっては怖い。怒られたらどうしよう。調子に乗りすぎただろうかと段々と心配になってくる。少年が未だ何も言わないのが更に拍車をかける。沈黙が痛い。
 やはり、先に折れてしまおうかと綾時が考え始めた頃、ようやく少年は瞳を開けた。
「……わかったよ、すればいいんだろ」
 少年は搾り出すようにそう告げる。
「え!? ……本当に?」
 思ってもいなかったその言葉に、綾時は一瞬嬉しそうにしたが、すぐさま疑惑の眼差しへと変わった。何度も騙され続けていたせいか疑り深くなっているようだ。
「……して欲しくないなら、別に僕は構わないけど?」
「ううん、凄くして欲しいです!」
 少年の言葉に、綾時はがらりと態度を変えた。綾時が自分自身で口にした通り、ただのキスだろう。それなのに、こうも素直に喜ばれると思わなかった少年は複雑な気分になる。
 綾時はそんな少年の心など知らないのか、いそいそとベッドのもとへと近づいてきた。ヘッドホンは、しっかりとその手に握られたままだ。一応の保険なのかもしれない。無理に取り返すのも面倒なので、少年はさっさとキスでもして綾時には帰ってもらおうと決心する。嬉しさに緩みきった綾時の頬を左右にひっぱりたくなるが、そこは我慢しておいた。
 そして、ベッドに上がってもいいのだろうかと、立ったまま迷っている綾時に少年は手を伸ばした。マフラーを勢い良く掴んで引き寄せる。
「えっ?」
 急なことに対応出来なかった綾時は、少年にされるがまま前のめりの形となる。気づけば、驚く綾時の目の前には少年の顔があった。
 顔が近い。
 そう思ったときには、もう綾時の唇は塞がれていた。
「……っ!」
 少年のことだから触れるだけのキスだろうと思っていたのは間違いだった。唇を舐められたかと思うと、驚きで閉じる事を忘れた隙間から舌が侵入してくる。意思を持ったそれは綾時の歯列を確かめるようになぞった。それはまるで、いつも綾時が少年へとする口付けの様だ。
 綾時は少年からの思わぬ行動に目を見開くだけだった。自分からは何も出来ず、ただ手の中のヘッドホンを落とさないようにしっかりと握り締める。
 きっと時間にしたらそれほど長くはないはずだろう。少年は薄らと瞳を開けて綾時の表情を盗み見る。綾時はというと思考が停止しているようだ。舌をつついてみても反応が無い。もうこれで十分だろう、と少年は考え、小さく音を立てて綾時から唇を離す。
 だが、それで終わることは出来なかった。
「なっ……!」
 今まで行動を起こさなかった綾時だが、手にしていたヘッドホンをベッドの上に落としたかと思うと、少年の肩へと体重をかけた。重みに耐え切れず、背中から少年はベッドへと押し付けられる。
 その弾みでベッドがぎしりとやけにうるさく軋んだ。
「何する……っん!」
 少年が声を荒げれば、その唇は今度は綾時によって塞がれる。後頭部はしっかりと綾時の手がまわされ、逃げることが出来ない。
 綾時は少年が行った以上に深く口付ける。差し入れた舌で口内を蹂躙し、少年の舌を探し出すと自身のものと絡めあう。
「んっーーーー!!」
 少年が綾時の胸を叩いたり押してみても、綾時は口付けをやめない。少年はこの状況から逃げ出そうと、どうにか膝で綾時を蹴り上げる。
 けれど、それはいとも簡単に止められてしまった。少年の膝頭を綾時の手が押さえ込んでいたのだ。いつもならば当たるはずなのに、今回に限って当たらない。先ほどのヘッドホンの時もそうだ。綾時が一歩、少年よりも行動が早い。
 それが何故か悔しくて、少年はもう一度強く綾時の胸を叩いた。
「……痛いよ」
 綾時は名残惜しそうに少年から唇を離すと、胸元を叩き続ける手を掴んでそう告げる。
 ようやく解放された、と少年は深く呼吸をしながらも綾時を睨みつけた。息苦しかったせいか、その頬には薄らと赤みがさしている。
「痛くしてるんだから当たり前だろ。それで、どうして僕はこうなってるわけ?」
 綾時に押し倒されているこの状況のことを言っているのだろう。腹の上には綾時が圧し掛かったままで、未だ抜け出すことが出来ない。
「君のキスがあまりにも積極的だから、止められなくって」
「……僕は約束を守っただろ。だから早くどけ。それにヘッドホンを返せ」
「ねえ、なかなかこれっていい眺めだよね」
 綾時は少年の言葉には返答せず、急に話題を変えた。そして少年を見下ろしながらにこりと笑う。
 その笑顔が一番嫌なんだ、と少年は思った。何を考えているのか一目でわかる。顔をしかめた少年の喉元へと、綾時の指先がするりと伸ばされた。少年の性格なのかきちんと締められていたリボンタイを引っ張り、片手で全てを解くとそれを床へ落としてしまう。
「……してもいい? ……嫌?」
 綾時は少年のシャツのボタンへと指をかけながら尋ねた。
 嫌だと聞く割にはやる気満々じゃないか、と少年は大きく溜め息をつく。今日は何度溜め息をついたのだろう。
「……嫌だって言ったらやめてくれるわけ?」
「ううん。それは無理だけど」
「なら聞くな」
「うん。ごめんね」
 綾時が謝ると、そこで言葉は途絶えた。静寂の中、ゆるく二人の視線が絡む。何をするでもなく、ただ暫しの間見つめあった。互いの瞳の奥に何かを探しているような一時。
 先に瞳を閉じたのは少年だった。諦めたのだろう。けれど、それが彼なりの了承なのだから仕方がない。
 ふ、と口元を緩めて綾時は瞼の上へと唇を落とす。次に頬へ、そしてもう一度、今度は優しく口付ける。少年の抵抗がないことを少し物足りないと感じてしまうのは、危ないのかもしれない。頭の片隅でそう思ったが、綾時はそれを今は置いておくことにした。
 口付けを交わしたまま、器用に少年のシャツのボタンを一つ一つ外していく。綾時によって全てのボタンが外されると、胸元を肌蹴られ、少年の身体が露わになった。必要最低限とでも言ったような、無駄な筋肉がついていないその身体に綾時は唇で触れてみる。口付けを落としながら少年へと視線だけを上げれば、先ほどよりも紅潮した頬が見えた。それにくすりと笑って、綾時は少年の首筋へと唇を寄せた。
「りょ……じ……っ!」
 首筋に吸い付かれ、痛みに少年は声を上げた。ぺろりと舐め上げられると、ぞくりとしたものが背筋を走る。その快楽に流されそうになるのを堪えて、少年は一旦上体を起こし、綾時の頭をはたいた。
「痛っ」
「着替えで困るだろ……っ!」
 痕を残すなと少年が毎回言っているのに、いつも綾時はこうである。どれだけ苦労して体育のときに着替えていると思っているんだ。
「僕としてはみんなに見せ付けるのもありかなー、なんて思ったり」
 そう、へらりと笑った綾時に、少年も薄く笑ってみせた。
 けれど、その目は冷ややかで本気で笑ってなどいない。
「……お前、その意味をちゃんとわかっていて言うんだな?」
「ごめんなさい冗談です。もちろん、二人だけの秘密だよね?」
 人差し指を少年の唇に押し当て、首を傾げた綾時は微笑んだ。その笑みが本当に嬉しそうで、少年は押し黙ってしまう。
 綾時はそっと、その閉じられた唇を親指でなぞった。
「ん……」
 思わず声を出してしまい、それに気づいた少年はかっと頬を赤らめる。普段なら見せないその姿に、綾時は自分の中でぷつりと何かが切れたような気がした。少年を再度押し倒すと、肩に頭を埋めて、ぎゅうときつく抱きしめる。
「……あーもう、君がそんなだからいけないんだからね!」
「ちょっと、苦し……っん」
 少年が苦しそうにするのも構わず、綾時は抱きしめたまま唇を合わせた。上顎を舐め、少年の口内を舌で蹂躙していく。
 躊躇うようにだが、少年からも綾時へと舌を絡ませてくると、堪らず綾時は吸い上げた。角度を変えながら貪る様に口付け、綾時は少年を欲した。
「んんっ……ふ……っ」
 互いの唾液が交じり合い、少年の口からそれは零れだす。くちゅりと音を立てて綾時は唇を離すと、溢れた唾液を舐め取りながら、少年の首筋から胸元へと唇を落としていく。
 ただ愛おしむように、綾時の唇は優しく少年の肌に触れた。けれど、綾時は少年の胸の先端に辿り着くと、わざと舌を押し付けるように這わした。
「う……っ、くっ……」
 口内に含み、嬲るように舐め上げると、少年は身体を震わせた。
 その反応を楽しむように、綾時はそれに歯を立てる。
「あっ……!」
 少年は背中を仰け反らせ、快感に声を上げた。その声が更に綾時を煽ることになり、綾時も小さく吐息を漏らす。
 綾時は胸元に口付けながらも、手を滑らせ、少年のベルトに指をかけた。かちゃりと音を立てながら手際よくそれを外すと、膝まで下着ごとズボンをひき下ろす。
「やめ……っ!」
 反射的に少年は羞恥のため足を閉じ、手で綾時から隠そうとする。
 けれど、綾時はその足の間に入り込み、少年が閉じることを許さなかった。
「駄目だよ、全部見せて?」
「だっ……て……っ」
 恥ずかしさに少年はどうにかなりそうだった。綾時とこういった行為をしたことはあるが、それでもまだ慣れない。思考がぐちゃぐちゃになる。
 この光景を直視することが出来ず、少年はぎゅっと目を閉じた。
「君のそういった所が、可愛いんだけどね」
 綾時はその様子に笑いながら、少年の目元に口付けた。そして、下肢に手をやり少年の勃ち上がり始めたそれをやんわりと包み込む。
「やっ……」
 綾時に触れられただけで、少年はびくりと身体を跳ねさせた。その手から逃れようと腰を引かすと、ぎゅうと握りこまれてしまう。
「うあっ……!」
「ほら、逃げないで」
 耳元で囁き、綾時の指先は優しく、けれど確実に少年を高めていく。ゆるゆると扱かれると、無意識に腰を動かしてしまった。本当に、身体は正直だ。そのことが情けなかったが、それでも徐々に少年は快楽へと溺れていった。とろりと先走りが溢れてくる。
 綾時は少年のそれを若干乱暴に擦りあげると、最後は先端に爪を立てた。
「くっ……っ!」
 少年は小さく声を漏らし、綾時の手の中へと精を吐き出した。
 荒い息をつく少年だが、それを気遣う余裕など綾時にはなかった。少年の吐き出したものを潤滑剤代わりに、ひたりと後孔へと指を押し付ける。
「……っ!」
 その感触に少年は息を呑む。次に何が来るかがわかっているからだ。
「……入れるよ」
「ん、……っあ」
 綾時は一言告げると、ゆっくりと自身の指先を少年の内部へと沈めていく。少年はシーツを握り締め、その異物感に耐え続けた。まだ指だけなのに、身体はそれを体内に入れるべきものではないと認識し、強張ってしまう。このときに慣れる日なんて絶対にこないと少年は断言できた。
 綾時はその少年の耐える姿を知ってはいたが、止めることはできなかった。せめて、少しでもこの後の行為で痛みが和らぐようにと、徐々に押し広げていく。指の腹で円を描くようにぐるりと内壁を撫で上げれば、少年の足の爪先が突っ張った。
「っ……あ……!」
 綾時の指先がある一点を掠めると、更に少年の身体は跳ねる。その部分をわざと責める様にしつつ、綾時は指を挿し入れる。最初は一本、次に二本と指の数を増やしていきながら、少年のそこを丹念に解していった。
 指が増えるたびに、少年は苦しげに呻く。けれど、綾時にこの行為自体を止めろとは一度も言ったことがなかった。恥ずかしさに「嫌だ」と言うことはあっても、本当の意味での「嫌」は言わなかった。何度身体を繋げても、それが苦しいとわかっていても、少年は綾時を止めなかった。
 全て、受け入れてくれていた。
 それが綾時にとっては何よりも嬉しくて、胸には想いだけが溢れていく。愛しくて、どこか切ないような気持ちに支配されていく。綾時は泣きそうになるのを堪え、ずるりと指を引き抜いた。
「ごめんね、……いくよ」
 一言謝ると、綾時は少年の膝の裏に手を置き、ぐいとその足を折り曲げさせる。全てを見せるような格好となり、少年は羞恥にその身を染めた。
 綾時は、少年の後孔に自らをあてがう。少年のそこはその瞬間収縮し、綾時の訪れに怯えた。ぐちりと内壁を擦りあげながら、綾時は少年の内部に侵入していく。
「うっ……ああ……っ」
 背を弓なりにしならせ少年は圧迫感に声を上げた。それは指の比ではない。快楽よりも、苦痛のほうが今は勝る。苦しさに涙を浮かべ少年は必死に耐えた。綾時は少年の手を握り、その眦に口付ける。
「はっ……あ、う……っ」
 ゆっくりと少年の中へ綾時は押し入った。そこは綾時に絡みつき、離さない。今すぐにでも衝動に任せて突き動かしたかった。けれど、まだ早い。少年が愛しいからこそ、少しでも慣れるまで待とうと思った。
 涙を滲ませながらも、薄らと少年の瞳が開かれ、綾時を捉える。左手で綾時の頬を撫でると安心させるように小さく笑った。
「動いて……いい、から」
 少し掠れた声で告げられたその言葉に、綾時は更に愛しさが募る。自分は一生少年には、敵わないだろう。綾時はそっと口付けると、小さく「ありがとう」と呟いた。そして、一気に少年を突き上げる。
「ひ……あっ、く……うっ」
 内壁を擦り上げられ、少年は堪らず声を上げた。ぎゅうと綾時の手を必死で握り締める。爪を立てられたのか、綾時の手の甲に痛みが走った。けれど、その痛みすら綾時には愛おしかった。
 唇を合わせ、少年の喘ぎすら綾時は飲み込む。綾時が腰を打ちつけるたびに、ぎしぎしとベッドが軋んだ。それに合わせる様に、少年の声が徐々に甘さの混じったものになっていく。
「……ふ……っ……んんっ……は、あっ」
 ぐちゅぐちゅと水音が少年の耳までも犯していく。繋がった部分が熱い。どろどろに溶け合っていくような感覚に少年は襲われた。
 綾時とひとつになることは、苦しい。苦しいけれど、快楽もある。だが、それよりももっと大切なものがあった。互いを感じあえるその喜びがある。
「りょ……じ……、りょう……じ……っ」
 何度も何度も、少年は綾時の名を呼んだ。そこにあることを確かめるように何度も呼び続けた。
 綾時の唇が、頬に触れる。綾時の手の平が、体を撫で上げる。綾時の熱が、内に感じられる。綾時は今、この手が届く距離に、いる。
 そして、勢い良く少年は綾時に突き上げられた。
「ああ……っ!」
「くっ……」
 少年は再度精を吐き出し、内部は綾時を急激に締め付けた。それに耐え切れず綾時も少年の中で精を吐き出してしまう。
 どこか満たされたような気持ちに包まれながら、少年は瞳を閉じた。労わるように優しく、綾時の唇が落とされる。交し合う口付けの熱は、どちらのものだかわからなかった。

 暫し行為の余韻に浸った後、綾時は我に気づき、猛然と少年に謝り倒した。
「ご、ごめんね……! 本当、ごめんなさい……!」
「……別に。僕も嫌だとは言わなかっただろ」
 痛みとだるさに少年はぐったりと横になったまま、そう告げた。中にはまだ綾時のものが残っており、動くのが億劫だった。立ち上がれば、零れだしてくるのは確実だ。それは身をもって知っている。
 そして、未だベッドの隅でしょんぼりとしている綾時に、少年は手招きする。
「……ほら、ちょっとこっちに来いよ」
「いいの……?」
「いいよ」
 少年は綾時が手の届く距離まで近づくと、その体を引き寄せた。抱きしめて、触れるだけの口付けをする。
 綾時は泣きそうに顔を歪めると少年の胸元へ頭を寄せた。とくりと、少年の鼓動が耳に伝わる。
「……優しい音だね。……君が生きている大切な証だ」
「お前も、今生きているだろ?」
「……うん」
 生きるということが、どれだけ素晴らしいものなのか綾時はもう知っている。少年が生を与えてくれた。仮初めの生ではなく、本当の意味での生を少年が与えてくれた。
 人として、生きるということ。
 生きているから、こうして少年に触れられる。その体温が感じられる。焦がれたものが、今ここにある。
 少年は綾時に優しく微笑んだ。滅多に見せることのないその表情に綾時の鼓動が跳ねる。ゆっくりと、少年の口が開かれる。何を言われるのだろう。
「ヘッドホン、返せよ」
「……うん」
 甘い言葉を期待したのが間違いだった。
 それでも、綾時は嬉しかった。
 感謝してもしきれないほどのものを、少年は綾時に与えてくれたのだから。
2006/10/10
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