おはよう

「やあ、久しぶり」
 影時間が訪れ、ようやく現れることの出来たファルロスは眠っている少年へと声をかけた。笑みを浮かべて少年に視線を向けるも、全くそれに対する反応は無い。いつもならばファルロスが来ると、少年は眠たそうに目を擦りながらもちゃんと起きてくれていたのだが。今日は寝息を立てたままで、未だに起きる気配は無い。
「……ねえ、起きてよ」
 彼に会いに来たのに、その本人が起きていないのでは意味が無い。再度声をかけて少年を揺さぶるも、小さく眉を顰められるだけだ。おまけに毛布を頭から被り始めている。
 ファルロスはむすりと頬を膨らませ、最終手段に出ることにした。彼が起きるためならば仕方がない。
「えいっ!」
 いきおいをつけてファルロスはぼすりと少年の腹の上へ乗り上げた。
「……ぐっ」
 いきなり加わった重みに少年は呻いた。まるでカエルが潰されたかのようだ。少しやりすぎたかな、とファルロスは心配そうに彼の顔を覗き込む。
 乱暴に起こされた少年は、ようやく薄らと瞼を持ち上げた。段々と視界に何かが映る。誰かと思えば、何度か顔を合わせたことのあるファルロスだった。こんなに乱暴に起こす奴だっただろうか、と痛みと共にぼんやりと彼はそんなことを思う。
「ごめんね。痛い?」
「……ん、大丈夫」
 痛くないわけではないが、そう答えてみせればファルロスはほっとしたようだ。そして、にっこりと少年に笑いかけた。
「おはよう」
「……なんで、おはよう……?」
 まだ半分寝ぼけたままの少年はファルロスへと問いかける。いつもなら「こんばんは」と言って出てくるはずなのに今日は何故か「おはよう」だ。何かそれに意味でもあるのだろうか。
「僕たちって夜にしか会えないから、おはようって言ったこと無いよね? せっかくそういう言葉もあるのに使わないのは勿体無い気がしたんだよ」
「でも、今は夜中の12時……」
 少年がそう返せば、ファルロスはまた頬を膨らませた。ぷうと拗ねてみせるその姿は案外可愛らしい。少し大人びたようなファルロスだが、年相応に子どもらしいところもあるようだ。
「細かいことは気にしなくていいの。僕は君におはようって言いたかったんだよ」
「……おはよう」
「うん、おはよう」
 頭が良く働かないが、少年は一応ファルロスにおはようと返しておく。たったそれだけのことだというのにファルロスはぱあっと、いつも以上の笑顔を見せた。つられて少年も小さく笑みを浮かべてしまう。
 だが、ずっと腹の上に乗られたままだと苦しい。少年は何を思ったかファルロスの腕を掴むと、ぐいっと引き寄せた。
「うわっ!?」
 急に引っ張られたことによりバランスを崩したファルロスは、少年に一旦もたれかかると、ころりとベッドの上に横にされてしまう。そして、そのまま少年の抱き枕代わりにされてしまった。がっちりと両腕で抱きしめられ、身動きが取れない。どうにか顔を上げて少年を見れば、また瞼が下がってきているようだ。
「もう。また寝るの?」
「……ねむい」
 折角来たのに、少年と話が出来ないのは残念だった。けれど、ぎゅうと抱きしめられるとファルロスは何故だか嬉しくて別にこれでもいいかと思ってしまう。
 彼の胸元に頭があたり、耳には彼の鼓動が聞こえる。少し苦しいけれど、それすら心地良く感じる。
「……あたたかいね」
 ファルロスが小さくそう告げるも、それに対する返事は無い。少年はすでに眠ってしまったようだ。すやすやと寝息を立てる彼にファルロスは微笑んだ。そっと小さなその手で少年の服を掴む。影時間の間しか現れることは出来ないが、たまにはこの温かさに包まれたまま過ごすのも悪くはない気がした。
 いつか夜ではなく、本当の「おはよう」が言える日がくればいい。ささやかな望みが果たされるその日を願って、ファルロスは瞳を閉じた。
2006/08/29
■なんだか嬉しい台詞で5のお題■ 「01 おはよう」
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