夢現

 深夜、足音が耳に届く。見回りとも違うその微かな音にガイは目を覚まし、意識をそちらへと集中させた。目を凝らせば、徐々に暗闇へと視界は慣れていく。
 部屋の扉の前で、小さな足音がぴたりと止んだ。カチャリとノブの回る音が鳴り、その音にガイの心臓が跳ねる。ゆっくりと、音を立てながら扉が薄く開かれた。
 ガイは呼吸を抑え、静かに侵入者を伺いながらも、手に取っていた剣をいつでも抜けるように身構えた。ペールは今日外に出ている。今いるのはガイ一人だった。自分自身で身を守らなければいけない。
 1秒が長い。
 緊張の中、じっと扉を凝視していると、開かれた隙間からようやく姿が現れた。そして形どったその人物は、ガイも知る人間だった。
「ルーク……! どうしてお前こんなところに!」
 誰かと思えば、ルークではないか。深夜ということで声は潜めながらも、内心の驚きは隠せない。ガイは手に掴んでいた剣を気づかれないように離し、緊張を緩めた。
 ルークはというと寝間着姿で自身の枕を持ち、立ち尽くしている。そして、一歩足を踏み出したかと思うと、ずるずると音をたてて枕を引き摺りながらガイのベッドへと近寄る。動揺しているガイのことなど気にもかけず、ルークはベッドの端に手をかけ、よじ登った。
「いっしょに……ねる」
 良いとも悪いともガイが答える前に、それだけ告げたルークは勝手にガイのベッドの中へと潜り込む。持ってきた自身の枕をガイの枕の横に置き、もぞもぞと動いて居心地の良い場所を探し始めた。それを見つけたかと思うと、ガイの服の裾を握り安心したかのように瞳を閉じる。
 その姿を見てガイはどうするべきかと思案する。騒ぎ立てて人を呼ぶほどのものでもない。けれど、このままでもいいものか。白光騎士に咎められずここまで辿り着いたルークに、呆れとも何とも言えぬ気持ちが湧き上がる。
 暫し考えた後、ガイは仕方なしにルークと共に眠りにつくことにした。ルークを部屋に戻そうにも、しっかりとガイの服を握り締めた手は解くのに苦労しそうだ。
 だが、眠りにつこうといざ思っても、隣で眠る存在が気になりガイは寝付けない。いつのまにかベッドは一人で寝ていたときよりも温かくなっていた。まだ子どものため、体温の高いルークのせいだろうか。ガイ自身も子どもだと言われたらそれまでだろうが、4歳違うだけでも体温の差はあるようだ。そして、その温もりに対して心地良いと思っている自身にガイは苦笑する。
「ま、起きたら大変だろうなぁ……」
 そう一人呟きながら、ガイは寝返りを打ち胸元へと擦り寄るルークに毛布をかけ、瞼を閉じた。
 胸の内で燻る憎悪の炎は、何年経とうと、けして消えることがないとそう思っていた。だが、揺らぎはじめる。ルークと過ごす日々を楽しいと、心地良いと思い始める自分がいる。それが、怖かった。
 けれど、今だけはこの横で眠る幼い存在を恨みとかそういったもので見たくはないと思えた。ただ、深く眠りにつけばいい。何も考えることがないほど深く。
 ガイはそんなことを思いながら、ゆっくりと眠りの淵へと意識を手放した。

「ガーイー! いないのかー!?」
 夢を見ていた。とても懐かしく、どこか胸が痛む夢を。
 微睡んでいたせいかどこか思考が働かない。目を薄らと開けてみるも未だに寝ぼけたままで、音をしっかりと自分の中で認識できないでいる。
 暫くして何度も名を呼ばれ続けていることにようやくガイは気づいた。煩い足音と共に声が聞こえる。ただの“ガイ”を呼ぶ声が届く。
「どうした、ルーク」
 そう部屋の内から声をかけてやれば、大きな音を立てて扉が開かれた。ベッドの上で横になっていたガイは、よっと声をかけて起き上がる。
 ルークの姿は今見た夢と変わらず、枕を持参している。少し変わったところといえば身長が伸びたり、髪形が変わったことだろうか。そして全体的に成長したところも。心も身体も、全てが成長した。それは亀の歩みにも思えるが、一歩一歩確かに前進してはいる。
 俺が育てたんだから当然だよな、と思ったことを口には出さずガイは胸の内にとどめておいた。言ったらきっとルークはうるさい。
「何か用か?」
 ガイはそう尋ねてみるも、それは形だけだ。その腕に抱えられた枕を見ればわかる。
「……寝る」
 恥ずかしいのかそっぽを向き、少し口ごもりながらもルークはガイの問いに答えた。その姿も可愛いとか思ってしまう自分は親馬鹿か、と内心ガイは苦笑してしまう。もうこの感性は一生治らないだろう。
「一人で寝れるだろ?」
「うるせーな! 別にいいだろ!」
「まあな」
 ガイは言葉とともに放り投げられたルークの枕をキャッチすると、自身の枕の脇に置いた。ルークは足音を立てながらベッドに近づいたかと思うと、ガイから毛布を引っ張って奪い取り、くるまった。
 ベッドは狭い。男二人が共に寝るには小さすぎる。ぎゅうぎゅうのベッドにガイもまた寝転がり、背を向けたルークに視線を向けた。そういえば、いつもルークにべったりのミュウが見当たらない。
「おい、ミュウの奴はどうしたんだ?」
「……置いてきた」
「何でだ?」
 そう聞けば、沈黙が部屋を包み込む。だが、その静寂を打ち消すようにルークの声が響いた。
「……ガイと二人になりたかった。……だから今はあいつのこと置いてきた」
 その言葉は予想だにしていなかったものだった。けれど、徐々にガイの頬が緩んでいく。それは嬉しさのためだ。ミュウには心の中で謝りつつも、存分にルークを甘やかしてしまおう。
「……腹冷やすなよ」
「わーってる。ガイはうるさいおやじかっつーの」
「……おやじ……。ちょっと待て、だったらジェイドはどうなるんだ! 俺のほうが10歳以上若いぞ!」
「あーもう、わかったっつーの。ガイは若い若い、色男だって。じゃ、俺は寝るからな!」
 こんな他愛もない会話が嬉しいと思えた。ただルークがいることが嬉しいと思えた。今、純粋にそう思える。それが、一番嬉しい。
 ガイは背中に感じる温かさに微笑んだ。

 あの頃の俺はもういない。
2006/01/24
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