ただ愛しい

 ルークはガイを探していた。特に理由があったわけでもないが、何となく探してみようかと思い、うろうろと辺りを探し回っていたのだ。
 暫くうろついて、ようやくガイを見つけた。ガイは、木に凭れながら瞳を閉じて動かない。寝ているのか、それとも木陰の涼しさでも感じているのだろうか。
 ルークはガイ本人を見つけたけれど声をかけることを躊躇い、足元の草をそっと踏みながら近づいていく。寝ているのなら、起こしたくはない。けれど、その気遣いも無用だったようだ。
「ルークか?」
 ガイは、目も開けずにルークの名を呼んだ。気配でルークだと分かったのだろう。寝ていなかったのか、と何となく居心地の悪い思いを感じながら、ルークは頭をかき隣へと座り込んだ。そして、ガイの肩に頭を乗せて寄りかかる。何をするでもなく、ただガイに身体を預け、頬を撫ぜて過ぎていく風の心地良さに安らぎを得ていた。
 そうやってただ傍に来て何も言わずにいるルークに、ガイはゆっくりと瞳を開いた。
「何しにきたんだ?」
「……別に」
「何だ、俺に会いにきたんじゃないのか」
「……自惚れんじゃねー」
 本当はそうだとしても、恥ずかし過ぎて口が裂けてもガイに言うはずがない。ルークはぷい、と顔を背ける。
 そして、今まで預けていたガイの肩から頭を滑らすと、投げられたままの足にぼすりと頭を乗せた。その重みにガイは視線を落とすと、ガイを見上げた形となっているルークに優しく笑いかけた。
 ガイにしてみればそれは何気ない仕草なのかもしれないが、ルークにはそれがどことなく悔しい。
「……ガイが見える」
「そうか」
 話題を逸らすかのように言えば、ガイはただそう答える。ルークは小さく笑って再び目を閉じたガイの顔を見上げ続けた。木漏れ日の中ガイが見える。ただ、それだけなのに何故か酷く苦しい。こんなにも近い距離で今も触れているはずなのに、遠く感じる。
 ルークはガイの服の裾を引っ張って、こちらを見ろと訴える。ガイは閉じた瞳をまた開き、ルークに視線を向ける。
「ガイは、俺のことどう思ってるんだ」
「……は?」
 ルークのそれはいつも不安でいた心の片鱗だった。ガイは、いきなりそんなことを聞かれて、気の抜けた声を出してしまった。
 ルークのことは愛しいと、そう思っている。その気持ちは父親代わりとか兄代わりのような家族としての愛情もあるが、少し違う。それはガイ自身も気づいている。だが、それをそのまま正直にルークへ伝えてもいいものか。こうしてルークが甘えてくるのは、自分を家族として認識しているからではないのかと思ってしまう。
「……ルークは、俺にどう思って欲しいんだ?」
 ガイは悩んだ挙句、ルークへと逆に問いかけた。その問いに、ルークは裾を掴む力を強くした。ぎゅっと握られたガイの服が皺になる。そして、ガイの視線から逃げるように眼を逸らした。その頬は赤い。
「俺のこと……好きだったらいいな……って」
 しどろもどろになりながらの言葉を聞いたガイは、予想外の答えに驚き頬に朱が走る。そして緩む頬を隠すために手の平で覆ったが、きっと隠せてはいない。
 けれど、好きってどういう意味での好きなんだ、とふと気づき、逆にまた考え込む羽目になってしまう。そのせいで素直に喜ぶことが出来ない。ルークの言う好きは愛としてなのか、ただ友人としての好きなのか。
「なぁルーク、好きっていうのはどういう好きなんだ」
「……好きは……好きだろ」
「それは俺の事を親友としてなのか? それとも違ったものか?」
「な……、そんなの言わなきゃなんねぇのかよ!」
「俺は言えるぞ」
 ルークが求める好きと違っていても、別に構わない。ルークを愛しいと思う気持ちは本当だし、これも好きということには変わりない。ただ、自身の好きとルークの好きが一致すれば嬉しいのは間違いないが。
 ガイは人の足に寝そべったままのルークを起こし、自身の正面に座らせる。自分の顔は赤い。恥ずかしいほどこんなに照れたことはない。それもこれも相手がルークだからこそだ。
 ルークの頬に手を添えて視線を外させないようにし、ガイは軽く息を吸った後にゆっくりと告げた。
「ルーク、俺はお前の事を親友としても、……あー、……その、恋愛感情としても好きだ……ってな」
 そう告げてしまえば、ルークは先ほどとは比にならないほど赤くなる。その反応からだけでは、ルークの“好き”に恋愛感情まで含まれているのかはまだ分からない。ルークが顔を背けようとしてもガイがしっかりと顔を固定させているため、それも出来ない。
「ばっ……か! ガイって恥ずかしくないのかよ!」
「そんなの恥ずかしいに決まってるだろ! ……けどまあ、これが俺の本当のお前に対する気持ちって奴だからな」
 改めて口にしてしまったことに照れながらも、ガイはルークから手を離すと頬をかく。やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「……ずりぃよ」
 ルークは一言零すと、ガイの胸元に額を当てた。ただ一定のリズムを刻む鼓動を感じるうちに、不思議な感情が己を支配する。
 これを愛しいとでもいうのだろうか。嫌なものではない。むしろ心が熱く、ただ嬉しいと思う気持ちが芽生える。
「俺……好きだって言われたの初めてだ……」
 ヴァンに必要だとは言われたことはあるが、それは本心からのものではない。ルークを自分の使い勝手のいい駒として操るために言っただけの口実だ。
 ガイはそうじゃないと、分かっている。けれど、やはりどこか不安にもなる。信用すると言ったこともあるのに、それでも苦しい。
「……ガイ」
「どうした? ルーク」
 名前を呼ばれるだけで泣きたくなるほど、幸せだ。二度と泣くものかと思った。けれど、眼の奥が熱い。愛しいと思う気持ちが溢れる。
 恋愛感情なのかはまだ自分でも判別がつかないが、ガイのことが好きだとルークは思った。そうだ、好きなんだ。そう思ってしまえば、それはすとんと元からあったもののように心の奥に落ちてくる。
「……も……言……」
「ん? 聞こえないぞ」
「もう一度……言えよ」
「……何を?」
 絶対これはからかって遊んでいるんだろう。口元に湛えられた笑みが憎い。
 それでも、ルークはただ聞きたいと思った。その言葉はルークが求め続け、望んでいたものだからだ。ただ自分という存在に告げられる、偽りの無いその想いを求めていた。
「……俺のこと好きだって言えよ」
 プライドなど投げ捨てて、そうガイに伝えれば、自身の額とガイの額が合わさる。視線を軽く上げれば、ガイと目が合った。
「ルーク。俺の好きは高いぞ。何年分だと思ってるんだ。そういったのを全て分かって、お前は望むんだな?」
「……わ、分かってる。でも俺、俺がガイのことをその……好き……だってちゃんと分かったのは今だけど……。恋とか、そういうのかもまだ良く分かってないし……」
 好きという言葉だけ小さかったのはガイの聞き間違いではないだろう。けれど、好きだとルークがガイ自身に告げたのは偽りではない。それが分かっただけでも、ガイにとっては収穫だ。
「それでもいいさ。ルークは俺が好きなんだろ?」
「うー、……そうだけど」
「上出来さ。好きだよルーク。……お前のことが好きだ」
 呼吸すら伝わる程の近さで伝えられた愛しさに、ルークの頬に一筋の涙が伝った。悲しさでも苦しさでもなく、嬉しさで涙が零れる。ただその言葉を聞くだけで安心する。
 ここに自分がいることを認めてくれて、好きだと自分自身に言ってくれる。誰かに求められている。それだけで自分の存在が無意味なものではないと、そう思うことが出来る。誰の代わりでもなく好きだと言ってくれるその言葉が、何よりもかけがえのないものだとルークは気づいた。
 ガイは泣き続けるルークの眦に口付けて涙を掬い取る。
「……お前も俺に言ってくれるか?」
 ルークは小さく頷くと、望まれている言葉を口にする前にその想いをもう一度心の中で形にする。浮かぶものは、ガイの事を好きだという想いだ。
 俺を好きだと言ってくれてありがとう。そう答える代わりにルークは今度こそ口にした。レプリカだとしても、今の自分が考えて、感じた、ガイに対する本当の気持ちを。
「お、俺だってガイのこと……」
 一呼吸置いて、そっと壊れそうなこの想いを音にする。
「……好き、だ」
 その言葉をルークが告げた瞬間、ガイの唇がルークの唇に軽く触れた。優しいそのキスは全てを認めて、許してくれているような気がして、またルークの目からは涙が零れ落ちる。
 ただ、傍にいてくれる存在がいるだけで、人はこんなにも愛しくなれることを知った。

 だいすきだ。
2006/01/24
TOP